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計算不可能性を設計する

カテゴリ :
著者 : 神成淳司/宮台真司
ISBN : 978-4-901391-80-1
原作地域: 日本
原作言葉 : 日本語
出版日付: 2007
公布者:
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未来の日本社会の あるべき姿の実現には ITと社会学の融合が不可欠だ!!

現代に生きる我々の生活はITのおかげで随分と便利になった。それはもう、人間が考えることを必要としないほどまでに進歩しようとしている。しかし、本当にこのままでいいのだろうか。人間が実際に生きる生活や社会は、それらを設計しているITアーキテクトの資質に左右されているといっても過言ではない時代なのだ。設計者に求められる資質とは、役割とは、限界とは、これらの問題をいま、徹底的に追究しなければならない。先鋭の社会学者と気鋭のITアーキテクトのコラボレーションによって初めて可能になった大胆な提案。これで、日本のITは確実に新段階に入った!

神成淳司(慶応大学藤沢キャンパス講師)

最年少岐阜県情報顧問や数々のIT現場で多彩な実績を積み上げ、本年4月から慶応大学藤沢でも教鞭をとる(他に京都大学講師など)

宮台真司(首都大学東京准教授)

日本でまちがいなく最先端を走っている、カリスマ的存在として知られる社会学者

コンピュテーションにおける人間の必要性

社会に役立たないITは評価ゼロ
現実社会の現場発で将来を設計する
コンピュテーションにとって人間が必要とされる意味
アーキテクトの選択肢と寄り添うベースをどこに置くか
コンピュテーションはいまどの位置にあるか
コンピュータの計算限界性と人間の処理能力
大学生の現状とIT教育
スペシャリストとジェネラリストのこれから
コンピュテーションと人間のシェア
コンピュータを使う時に人間が最低限認識すべきこと
コンピュテーションにおける本当の意味でのスペシャリスト
若い世代の特徴を活かした新しい人材育成
カタカナ世界系の若者たちの不安
「感情のフック」だけが勝負の表現世界
七六世代のバックグラウンド
コンピュータが当たり前の世代の問題点
希薄な現実と濃密な虚構の中の自分の必然性
誇大妄想化しているITとその現実
現場を知らない研究開発の問題点
現実社会からアフォーダンス的に乖離している技術開発とアカデミー
コンピュテーションと人間の役割の代替性
教育システムがコンピュテーションによって変わる
コンピュテーション=規格化という間違った発想
アップルやマイクロソフトと日本企業との相違
社会のサーキュレーションが健全に作動していない日本
イノベーティブなオリジネーター創出の日本における可能性
ソーシャルデザインを考えないエンジニアリングが起こす問題
情報通信から情報処理の時代へ
孤立的で仲間内的な日本の学会の現実
情報系と社会学系に必要な意識変革

コンピュテーションにおける社会システムの再構築

社会システムのコンピュテーション化は二〇二〇年前後
近代社会の正統性を危機に陥れるコンピュテーションの進化
「人間」と「人間でないもの」の線引きが問題になる時代
コンピュテーション上に「知」を実現するということ
人間という「種」は常に変化する多様性や可能性を持つ
選択を免除されることによる人間の主体性の在り処
アーキテクトは感動を創出すべき
「教育」は人為的に成育環境を操縦することで社会化を誘導する営み
映画や音楽は島宇宙内の内輪的コミュニケーションになった
計算不可能性を設計するとは人間の可能性を信じること
便利な社会になれば人は幸せになれると考えるか否か
二次的現実へ、三次的現実へとエスケープする連鎖構造の問題
一・五次的現実を一次的現実の補完装置として使う
二次的現実の一次的現実への侵食による歪みの問題をどうするか
空間的・時間的理想性をモノに託した時代の終焉
グーグルとマイクロソフトの目指すもの
コンピューティングが〈生活世界〉の再帰的な復活に資する方向
コンピュテーション化による一次的現実の拡張事例
コンピューティングを用いた共同性をどう構想できるか
社会システムとして2ちゃんねるの代替をどこに求めるか
市民エリートが先進各国のどこよりも少ない日本
文系と理系の間の「ディバイド」問題の解決に向けて

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